Tokyo Art Report

東京、ときどき近郊でのアート鑑賞レポート

『ウエスト・サイド・ストーリー』 WEST SIDE STORY

1961年公開の映画『ウエスト・サイド物語』は、私の好きな映画ベスト3に入っている。正確に言うと、子どもの頃、ブロードウェイ・ミュージカルの来日公演を観たのが先で、映画の存在を知ったのはもっと後。でも、ミュージカルをきっかけにすっかり夢中になり、これまでどちらも繰り返し観てきた。だからこそ、今回のリメイク版は楽しみでもあり、不安でもあった。長年のファンとしては、前作よりも出来が悪かったら、それはそれで文句を言いたくなるし、良かったら良かったで、前作の立場が脅かされたようで、心穏やかではいられなくなるのではないか、と。

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しかし、そんな私の不安は杞憂に終わった。

なぜなら、どちらも良かったから!

今回、アカデミー賞10冠に輝いた名作のリメイクに挑んだのは、かの巨匠スティーブン・スピルバーグ監督。当初、スピルバーグとミュージカルというのが全く結びつかなかったけれども...それもそのはず、スピルバーグがミュージカル映画に取り組んだのはこれが初めて。しかし、インタビュー映像によると、彼自身大好きな作品でもあり、今回の脚本を作るのに5年もの歳月を要したとのこと。

思えば、ミュージカルや映画が公開された当時、スピルバーグは既に誕生している。恐らく当時の空気感の中、リアルに鑑賞してきたのであろう。公開から何十年も経て、異国の地で鑑賞してきた私とは、年季も思い入れも、天と地ほどの差があるに違いない。そういえば、エンドロールの最後に「For Dad」と出てきた。スピルバーグのお父さんもこの作品を好きだったのだろうか、もしかしたら、親子で繰り返し観た思い出の作品なのかもしれない。

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さて、今作について。ストーリーは前作にほぼ忠実で、様々な社会問題を抱えたニューヨークが舞台の1950年代版『ロミオとジュリエット』。しかし、前作とは、曲の順番、その曲が歌われる場所や背景が変わったことで、目新しいものになっている。私の一番好きな『America』は、広範囲に渡って踊るシーンになっていたし、『Cool』は、設定場所が変わったことも手伝い、怒りを抑えたシーンだったものから、緊張感のあるシーンに変わっている。『I feel pretty』も、場所が変わったことで、主役のマリアの若さや可愛らしさが、より引き立つものになっている。

また、オープニングの空撮シーンでの着地点、いつ観ても、何かが起こりそうでワクワクするが、こちらの設定も、現在、オペラハウスやジュリアード音楽院を擁する文化総合施設「リンカーン・センター」建設前の荒れ果てた地域へと変わっていて、ああ、あんなに立派な芸術施設ができる前は、そういう場所だったのか、それを一掃するための建設でもあったのか、とイメージが膨らみやすい。

役者については、何と言っても、前作でプエルトリコ系移民「シャーク団」のリーダー、ベルナルドの恋人役を演じたリタ・モレノが、別の配役で出ているのが嬉しい。今回は前作にはなかった重要な役どころで、演技の一つ一つに重みがある。私は、役者としても役柄としても、彼女が一番好きだったので、リタ・モレノを観るためだけに鑑賞しても良いと思えるほど。さすがに御年90歳とのことで、前回、紫のドレスを翻らせて踊ったような華麗なダンスシーンはなかったけれども、ソロで歌う『Somewhere』、歌詞の内容とともに、非常に深みがある。


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また、もうひとり注目の役者をあげるとすれば、やはり主役のマリアを演じたレイチェル・グラー。Newsweek誌によると、オーディションで約3万人から抜擢された当時は16歳のYoutuberだったとか。なんとも今っぽいシンデレラ・ストーリー。今回、映画初出演というが、全身から発せられる初々しさにのびやかな歌声、まさにマリア役にうってつけ。

反面、相手役トニーを演じたアンセル・エルゴートについては、不満が残った。これがもし演技であったのなら脱帽だが、あまりにも頼りなさそうで...そして、背が高すぎる...好みの問題かもしれないけれども。

ところで、鑑賞後に知った、彼にまつわるあの「疑惑」。本当なのだろうか...だとしたら、映画の中でも重要な問題として取り上げられていることだけに、今後見過ごすわけにはいかなくなるのではないか...

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さて、長年のファンを気取っていたが、今回初めて知ったこともいくつか。そのうちの一つが、前作では、リタ・モレノが唯一のヒスパニックの役者であったということ。そういえば、ベルナルドを演じたジョージ・チャキリスはギリシャ系、マリアを演じたナタリー・ウッドはロシア系。現在なら大問題になりそうな話だが、非ヒスパニックの白人は、茶色のメイクで肌を褐色に見せていたらしい。これまで、私にとっては、完璧に聞こえるスペイン語訛りの英語に、さほど違和感を覚えずに観ていた...もちろん今回は、プエルトリコ系の役者全員がヒスパニックとのこと。もしかしたらこれは、彼らの雇用を生み出すことにもつながったかもしれない。

1950年代から、映画でも、そして現実でも取り沙汰されていた問題は、半世紀以上経ってもちっとも解決されていない...わけではないらしい。少しずつ改善されている。

さて、2回目を観に行くのはいつにしようかな。

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